2007年5月10日木曜日

Fw 中国への直接投資

研究ノート
中国への直接投資
日本からの対中国直接投資は、アジ
ア通貨危機の影響による1999 年度
の858 億円を底に急激な増加傾向に
ある。
03 年度には3,553 億円と対前年比
65 %増であり、第3 次中国投資ブー
ムを形成している。(図1 参照)
日本から中国への直接投資の特徴
は、製造業が中心になっていることで
ある。99 年から03 年の間の製造業の
比率は金額ベースで79.7 %である。
安い人件費、安価な部品を求めて中国
に進出し、その製品を輸出するという
のが主流である。さらに最近では中国
が2001 年WTO 加盟を果たし、より
中国進出企業の経営比較
現地化の遅れは問題か?
鬼塚 義弘Yoshihiro Onizuka
(財)国際貿易投資研究所 研究主幹
日本企業は中国への進出を加速させている。これまでは中国で製造し、
その製品を輸出する進出が主であった。しかし中国のWTO 加盟後、中国
市場を目指す進出も多くなっている。
これまで中国進出日系企業に対しては、経営を現地の人材や中国系の
人にまかせる、いわゆる経営の現地化が遅れているとの批判が多い。
特に欧米系はこの面で進んでおり、その結果、日系企業の経営の効率
が悪いという主張である。
しかしこの主張は真実であろうか? 単に日系企業と欧米系企業の違
いに注目し、現地の経営者を悪者にしているだけではないだろうか?
本稿では売上高利益率をもとに検証する。
URL: http://www.iti.or.jp/
自由な市場参入が可能となる中国市場
を目指した進出が目立つ。
日本貿易振興機構(ジェトロ)が実
施したアンケート(注1)では、内販型
企業は36.9 %、輸出型企業は51.2 %、
輸出内販型企業は12.0 %となってい
る。内販型企業の進出が増えてはいる
が、まだ3 分の1 強であり、販売先
も日系企業が多いといわれている。
このように日系企業は製造業を主体
として多数中国に進出している。多く
の進出企業は知的財産権の問題、代金
回収の問題など苦労が多い中で、現地
での経営上の問題点として指摘され
ているのが「経営の現地化の遅れ」で
ある。
経営現地化の遅れによる弊害
進出企業では派遣された日本人が中
心となって企業経営を行い、中国人を
経営の中枢に据えずに権限を与えてい
ない、ということがよくいわれている。
日系企業に入社しても出世は限られて
いて、経営をまかされるまでは至らな
い。能力に見合った人事評価を受けず、
給与も低い。そのため、優秀な人材の
確保が困難ともいわれている。中国人
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0
500
1,000
1,500
2,000
2,500
3,000
3,500
4,000
4,500
5,000
H1 H2 H3 H4 H5 H6 H7 H8 H9 H10 H11 H12 H13 H14 H15
年度
直接投資総額うち製造業
金額(億円)
中国への直接投資の推移
(出所)財務省直接投資統計より作成
季刊 国際貿易と投資Winter 2004 / No.58•71
の入社したい企業ランキングで、日本
企業は常に低位である。また経営の意
志決定が現地でなく日本でなされるた
め、本社との連絡、決定待ちにより常
にタイミングがずれることとなり、効
率的なオペレーションやビジネスチャ
ンスを逃がす結果となる。駐在員は本
社にばかり顔を向けて中国に目を向け
た経営を行っていない、との批判すら
出てくる。台湾企業は社長自ら現地に
駐在し、即断即決で事業を次々と拡大
していくという。
さらに現地化している企業は、中国
人に中国人をうまく管理させ、罰金、
奨励金制度の運用や地元政府との折衝
や現地部品の調達にも強みを発揮して
いるところが多いという。加えて、日
本人の駐在員を使わないことによりコ
ストを削減(10 ~ 15 人分の高級管理
要員分に相当)できる。
日本の経営者が日本流の考え方で中
国人に命令しても、思うように働いて
くれず、むしろ中国人にまかせて、中
国人が中国人に対して命令し、事業を
遂行する方がよい。つまり日本人の管
理より、よりコミュニケーションがた
やすくとれる中国人による経営・管理
の方が現地企業の経営の効率化や収益
の拡大を図れるという主張である。
この結果、進出日系企業は効率的な
経営ができず、利益率も低いままとな
っている。欧米企業は現地化が進んで
いるため、高収益をあげている。日系
企業の収益率が欧米企業に比べて低い
のは経営の現地化の遅れが最大の要因
であるとの主張が多い。
経営の現地化の状況
それでは、日系企業ではどの程度経
営の現地化がなされているのであろう
か。通商白書2003 年版によれば、現
地の最高責任者が現地職員である割合
が日系では28.6 %である。一方、欧
米企業では76.9 %が中国人や台湾出
身者に最高責任者をまかせている。明
らかに日本と差がある。
また販売部門の責任者も日系では
54.5 %であるが、欧米は90 %を超え
る割合で現地人にまかせている。ここ
でも収益に差が出てくることが予想さ
れる。しかし、日系企業は中国で製造
し、輸出するのが主流である。最近中
国市場での販売も多くなっているが、
中国の一般消費者への販売ではなく、
日系企業への販売が多いので、中国現
地職員にまかせなくてもうまくいくと
いう見方もある。これが収益性の劣る
中国進出企業の経営比較
72• 季刊 国際貿易と投資Winter 2004 / No.58
原因とはいえないのではないだろう
か?
逆に人事、労務部門で日系では
70.8 %が現地化しているが、欧米で
は約3 割にとどまっている。日系は
多くの製造現場の作業員をかかえてい
るため、現地化が進んでいるともいえ
よう。(表1 参照)
米国企業の利益率
在日米国企業(製造業)の売上高経
常利益率は2002 年度で6.4 %で、日
本の全法人(製造業)は3.2 %となっ
ている。その差は3.2 %である。もと
もと米国企業の利益率は日本企業より
3 %程度高いと言われるが、在日米系
企業も3 %以上高いことを示してい
る。それでは中国に進出した米国企業
はどうであろうか。
表2 のとおり在中国の米国企業の
売上高利益率は02 年で6.5 %であ
る。対象企業は銀行を除く全産業であ
る。日本の在中国企業は5.1 %であり、
差異は1.4 %である。日本企業は売上
高経常利益率であるが、米国企業は税
引後の利益(NET INCOME)率で表
示されている。中国での企業所得税の
実際の負担率は外資系で11 %程度と
いわれている(注2)ので、1.4 %の差
は実は2.2 %ほどの差と推定される。
米国企業は伝統的に競争力のあるサー
ビス業を含んでいることを勘案した
ら、米国と日本の利益率はそう変わら
ないともいえそうでもある。
米国企業は日本企業より、利益率が
約3 %ほど高いといわれているが、
在中国の日系企業と米系企業の業績
の差は02 年度で1.4 %であり、日系
企業は健闘しているといえよう。日系
企業の現地経営者はむしろ頑張って
いる。
区分日系欧米系
最高責任者28.6 76.9
次席責任者46.6 ―
人事労務部門70.8 約30
経理部門60.6 ―
販売部門54.5 約 92
仕入部門63.1 約66
研究開発部門28.9 約10
企画・調査部門31.2 ―
表1 現地化の比較
(単位: %)
(出所)通商白書2003 年版より作成。欧米系
はグラフから推定
季刊 国際貿易と投資Winter 2004 / No.58•73
米国企業の経営スタイルは指標を用
いて経営効率を測るやり方である。海
外進出企業も同様である。米国企業は
海外に進出するに当たり、主要な業績
指標を正確に示し、その達成を現地の
経営者に義務付けている。
「欧米企業は現地の中国人幹部たち
と、事業戦略とそれをモニターする
KPI(主要業績指標)に則って契約を
交わすことで権限を大きく委譲してい
る」(注3)
「例えばゼネラル・エレクトリック
(GE)などのグローバル企業は中国市
場でのKPI もグローバル・スタンダ
ードなものをそのまま当てはめてお
り、中国特有のKPI は特に設定して
いない(財務的KPI としての売り上
げ、利益、キャッシュフローなど)」
(注4)
このような事実は経営の現地化より
も企業経営の姿勢、マネジメントのや
り方に差があるといえる。グローバ
ル・スタンダードな物差しで経営を測
るから、日本に投資された米国企業の
利益率と中国のそれとでは、売上高利
益率はそれぞれ02 年度6.4 %と差が
ない。
日本企業は経営の現地化が遅れてい
るということだけで、欧米企業に比較
して効率が悪く、利益率が低いという
評価は誤りであり、本社の経営姿勢や
経営能力の差が表れているといえる。
中国進出企業の経営比較
区 分2002 年 2001 年 2000 年出 所
(1) 日本の全法人
(製造業) 3.2% 2.8% 3.9% 財務省法人企業統計
(2) 在日外資系企業
(製造業) 5.9% 4.8% 4.7% 外資系企業の動向調査
(経済産業省)
(3) 在日米国系企業
(製造業) 6.4% 6.8% 6.8% 同上
(4) 在中国日系企業
(製造業) 5.1% 4.5% 5.3% 海外事業活動基本調査
(経済産業省)
(5) 在中国米国系企業6.5% 5.5% 6.2% US Multinational Companies
Operations in 2002
表2 売上高経常利益率の比較
(注)在中国米国系企業は売上高税引後利益率で表示
(出所)各出所資料より作成
74• 季刊 国際貿易と投資Winter 2004 / No.58
中国企業の利益率
日本企業が現地化していないとすれ
ば、経営の現地化が完成した形の企業
は中国企業にほかならない。中国企業
の利益率はどの程度であろうか。
中国の電子情報企業で2003 年度の
売り上げトップ10 企業の売上高合計
は31,306 億元であり、利益額は
1,257 億元である(注5)。利益率は
4 %となる。トップ企業であるハイア
ール社は利益率1.7 %である。電子情
報企業のトップ10 には、いわゆる有
名家電企業が名を連ねていて、いわば
中国市場での勝ち組である。一方、在
中国の日系企業(製造業)平均の経常
利益率は2002 年で5.1 %である。中
国企業トップ500 社の2003 年の実績
では、売上高営業収入利益率は
5.03 %である(注6)。
日本は移転価格により利益計上が過
小になっている可能性がある一方で、
販売費や一般管理費が中国企業より過
小に計上される可能性もあるが、中国
企業の勝ち組トップ500 社と比較し
ても高い。
「究極の現地化」である中国企業は
意思決定が早く、効率よく運営が行わ
れているはずである。しかもマーケッ
トをよく知る営業員が販売責任者とな
り、拡大する市場でシェアを伸ばし利
益率も良好のはずである。しかし激し
い国内市場競争のため、「私営企業の
販売利潤率が年ごとに下っている事実
がある。実際、それが96 年時点では
7.9 %であったものが、99 年は5.0 %
に、さらに2000 年には3.6 %にまで
低下した」(注7)。そのうえ、中国の
民営企業は短命といわれている。
「企業の盛衰は常とは言え、中国の
民営企業は平均するとその寿命は2
~ 5 年で、黄金期を過ぎれば倒産に
追い込まれたり、長期的な停滞に陥っ
たりし、生存期間が5 年を超過する
ような企業は非常に少ない、という
『短命現象』が目立つ」(注8)
中国で成功するには意思決定を早く
する、市場をよく知るものにまかせる、
人事を信賞必罰にする、等というのは
必ずしも当たらない。多くの中国企業
は現地化されていてもうまくいってい
ない。ハイアール社は張瑞敏CEO が
赤字で倒産寸前の工場に乗り込み、不
良品冷蔵庫をハンマーでたたき壊し、
品質に対するこだわりを社員に徹底し
たことから、今では中国で家電のトッ
プメーカーとなったことは有名な逸話
季刊 国際貿易と投資Winter 2004 / No.58•75
である。成功する企業の経営者は、企
業の将来ヴィジョンを明確に示し、社
員に対してその方向への動機付けを行
い、戦略的な意思決定のできる経営者
である。
珠海各力電器をエアコンのトップメ
ーカーにした董明珠は営業部門でその
改革を徹底した(注9)。売掛金の回収
では前払い制を貫徹し、営業員に対す
るバックリベートを全廃する、また、
安売を排除し、代理店にも利益を与え
るようにする等、営業改革に対する多
くの妨害を断固としてはねのけた。こ
のように成功する企業には企業改革を
実行できる責任者が必要である。それ
は単に経営の現地化とは異なる次元の
話である。
単に現地化しても、その経営者は本
社や日本人の喜びそうなことを実行し
たり、凡庸なことしかできないかもし
れない。真に優秀な経営者はそう多く
はない。
日本でもバブル時に不良債権をつく
ったり、欠陥車をリコールしなかった
り、経営者としての能力に疑問のある
例や、上司の歓心をかう管理者の例は
いくらでも見ることができよう。逆に
ゴーン社長の下で見事によみがえった
日産自動車の例をどう説明するのであ
ろうか?
中国市場はとても難しい市場といわ
れる。それは100 ~ 200 という地場
企業が有望なマーケットに参入し、生
き残りのための競争が強いられ、その
結果として勝者はいない状況が生み出
される。「じり貧になった日本企業は
よく『シェアで見る限り、うちが負け
ているのははっきりしている。しかし
誰が勝っているのかが分からない。ひ
ょっとしたら誰も勝っていないんじゃ
ないかな』などとこぼす。中国の優良
企業自体も似たような製品をつくる他
の多数の中国企業に取り囲まれ、価格
で攻められてしまっている」(注10)。
中国での成功は難しい課題であり、
単なる経営の現地化の問題ではない。
(注1)中国の投資環境と進出企業のケース
スタディ(2004 年3 月)
(注2)『ジェトロセンサー2004.12』
(注3)『Diamond Harvard Business Review』
2004.March
(注4)注3 と同じ
(注5)『国際貿易6 月8 日号』(日本国際貿
易協会発行)
(注6)『中国情報ハンドブック2003 年版』
(注7)『中国経済の持続的発展の可能性に
関する調査研究報告書』(ITI)
(注8)注7 と同じ
(注9)『市場烈々』(日経BP 社)
(注10)藤本隆宏『日本のもの造り哲学』

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